Nagiなブログ

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さおりちゃんの『ふたご』(セカオワ:藤崎彩織著)を読んでみる!感想・・・

先日発表された直木賞の候補になった小説のセカオワSaoriちゃんこと

藤崎彩織の『ふたご』読みました!

 

ふたご

ふたご

 

 娘が買って持っていたのですが、読む気が起きずにスルーしていたのです。直木賞の候補になったと聞き、借りて読んでみました。(そんな単純な理由ですが、いずれは読んでみたとは思います)

感想 

まずは、誰でも思う感想でしょうが・・・

主人公の夏子Saoriちゃんで、月島Fukase。そのふたりが頭の中を、ストーリーと共に動き出す。そして読むにつれて、

「ここはフィクションか?」

「この部分はノンフィクションか?」

と頭の中で仕分け作業なようなものを始めている。

「エッセイ」ではなく「小説」なので、土台が自分の経験を基にしていたとしても、物語を作っているはず・・・なまじっか、セカオワのことを知っていると、「あ~、そうそうFukaseってこうだったらしいよね」「そうか、Fukaseってこんなだったんだ」「いやこれ月島だから…」と、こっちの頭がグチャグチャになってくる。

まぁ、行って見ればこれも作者の”ねらい”なのかもしれないのですが・・

あまりエンタメ小説を読まないので、最初は軽く感じましたが、読んでいるうちにそうでもなくなった。きっと、自分が思っていた展開と変わってきたからだと思う。しかしそれは、「第一部」に限ったことで、夏子が月島を重く感じ始めた辺りから、話は面白くなっていった。

面白くなっても、Fukase疑惑はついて回る。だから、それはこっちに置いておいて…と読み続ける。

小説としての「第一部」は、読み応えもあったし、臨場感もあったと思う。

題名の「ふたご」というキーワードの使い方も、インパクトがあって、面白かった。

 

残念な「第二部」・・・

そんなFukaseが、(ちがった月島が)病を克服しながら、ミュージシャンとして独り立ちして行く。

「第一部」では、夏子の目を通して、月島の心の病を突き付けてくるが、「第二部」では、逆に月島の行動を通して、夏子の心情が主になる。どちらにしても、ストレートな感情だと思う。そんな病んでいる二人が、「バンド」を組んで、デビューに至るまでの後半。果たして、メジャーデビューするところまで描く必要があったのだろうか?これはただのサクセスストーリーになってしまっていて、ふたりの関係は?月島(Fukase)の病気は?成功さえすればいいのか・・なんて思ってしまう。

「第二部」は、完全にSEKAI NO OWARI のノンフィクション!「第一部」のように、考えることもなかったですね。ぐちりん→Nakajin ラジオ→DJ LOVE もう説明は無用です。(体型まで教えてくれてましたから)

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https://ja.wikipedia.org/wiki/SEKAI_NO_OWARI

 結局最後まで、「小説」として読むことが難しかった。例えば、芥川賞受賞作「火花」(又吉直樹著)は、最初は又吉の私小説か…と頭の中で又吉が動いていたのですが、読み進んでいくといつの間にか又吉の姿が消えて、主人公の徳永がきちんと存在し、動き出している。

でもこの『ふたご』は、最後までいや話が進む程に、SaoriちゃんFukaseの物語としてしかイメージは湧かない。しかし「第一部」が良かっただけに、もう少しこの部分だけ煮詰めてもよかったんじゃないかな…とも思いました。

直木賞候補に選出されたと聞いて、小説家として藤崎彩織という作家の第二作はどうなるのだろうか・・と危惧した次第です。