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阿修羅 -天平乾漆群像展(興福寺)を見た!

阿修羅 -天平乾漆群像展(興福寺)を見に行きました!

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https://twitter.com/nara_c_kanko_jp/status/867967079453827072

現在、興福寺の国宝館が耐震補強工事の為、隣の「仮講堂」にて興福寺中金堂再建記念特別展と称し「天平の文化空間の再構成」を展望し、阿修羅像をはじめ八部衆像、十大弟子などが通常非公開の仮講堂にて公開されています。

 

 

普段は、博物館でしか見られない仏像を一堂に会して、見られる貴重な機会です。

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大改装中の国宝館の裏を、通って「仮講堂」に入って行きます。

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そうすると、ズラ~っと仏像が並んでいます。

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幸いにも、あまり混雑はしていなかったのですが、団体が入り口付近にいて説明を聞いていたので、まず奥へと進みました。

きました!阿修羅像!

奥は八部衆像」といって、インド神話に登場する神々がずらりと並んでいます。

 阿修羅とは、インド神話に登場する戦闘の神で、仏教に帰依してその守護神になった。一般的には激しい怒り顔で3つの顔と6本の腕を持つ姿に表されるが、興福寺の像には怒りや激しさが見えず、表情は繊細で内向的であり、腕と体が細い少年の姿で表される。その表情には懺悔という仏教で重要な宗教行為が反映されているとも推定される。(リーフレットより)

 

 私は、この阿修羅像を見るのは初めてでした。他の仏像も素晴らしいのですが、ひときわ輝いてその存在感を放っていました。俗にいう、

「凄い、カリスマ性」でした。

 

先日放映された、テレビ東京美の巨人たち」を見ました。

KIRIN~美の巨人たち~

国宝シリーズ① 光明皇后「阿修羅像」によると、1180年の平家による「南都焼き討ち」の際も、奇跡的に生き残った。なぜならは、この像の工法が天平時代に、唐からもたらされ、一世を風靡した「脱活乾漆技法」というもので、麻布を何枚も重ねて形を作り、さらに漆に木の粉末を混ぜた木そう漆を塗り重ね、細部を成形していくというもの。それは、中が空洞になるために大変軽く、この阿修羅像も高さ153cm、重さがたったの15Kgしかないので、火災の際は僧侶によって運び出されたという。その後も幾度かの火災に遭遇したのだが、その度に運び出されて生き残ったが、その時に腕などが損傷してしまったということです。

そんなに、軽いのですね…

また、興福寺曼荼羅鎌倉時代の他の、「阿修羅」を参考に考えると、体の色は朱色で、髪は金髪、目は鮮やかなブルーだったようです。さらに奥の手は太陽と月を持ち(昼夜を問わず)、別の手には弓と矢を持ち(守る)という意味を持ち、仏に祈る。という、人間への優しいメッセージだったのです。

 そしてごく最近になって、奈良大学の研究の一説では、奈良時代聖武天皇の后である、光明皇后が亡くなった母を弔うために、仏像を依頼していて、この阿修羅像もその時にそれまでと少し形を変えて、作らせたのではないか。とされる。なぜなら、CTの画像解析によると、以前の顔が写し出され、もう少し怖い顔であった事が判明されたからである。

この「光明皇后」は、我が子を幼い時に亡くし、その思いが童子の形をした興福寺の阿修羅像に形を変え、成長を見ることができなかった我が子の姿を重ねみているのではないか・・・

他の仏像は厳つい武装をしているのに対し、鎧も付けずに佇む姿はなんとも言えず見るものに訴えてくる大きい力を感じます。

 

阿修羅像だけでなく、阿弥陀如来像・十大弟子像・金剛力士像・梵天帝釈天と博物館ではなく、お堂の中で見ることができました。

大変にお勧めです!